翳りゆく日々 3

ニューイヤーズ・イヴのパーティの賑やかな時間の最中に大きな事件が起きていたことを知ったのは次の日の朝のこと。
少し寝坊した遅めの朝、ニュースを見ればテロの情報一色だった。 地球との話し合いの回答に向かった評議委員がテロにあい、死者が出てしまって、ニュースは何度もそのことを繰り返し報じていた。

その日、議員である父と兄は一日のほとんどを人との連絡に費やしていた。 議員やその周辺の警備態勢が大幅に見直され、きちんとした態勢が整うまではアプリリウスの別邸に留まるように連絡があったらしい。 ユニウス市で農業の研究に当たっている母も、次の日には同じように通信に忙殺されていた。
その間、外出を控えるように言われた自分にできることはせいぜい大人しく課題のレポートを進めるだけ。 休憩がてらニコルに連絡してみると、向こうも同じようでお互いに苦笑いした。

「顔見たら少し気晴らしになったよ」
「それは良かったです。レポートは順調ですか?」
「集めていた資料はまとめてノウェンベルの本邸にあるんだよね……今はこっちで集められる資料をかき集めてる。ニコルは?」
「僕もそうです。でも、こっちにもピアノがあるので、今は課題曲の練習をしています」
とりとめのない会話をして通信を切ると、タイミングよく部屋にノックの音が響いた。兄のだった。
「今大丈夫?」
「うん、ニコルと話していたけど終わったところ」
「そっか、向こうはどうだって?」
「うちと似たようなものだって」
「まぁ……そうだよね。お茶が入ったんだ、休憩に付き合ってくれない?」
少し疲れの色が見える兄に頷いて、二人はダイニングルームに向かった。



***



「護衛って、私に?」
「うん、男の人と女の人一人ずつ。いつまで護衛をつけるかまだわからないけれど……」
まさか自分に護衛がつく日が来るとは、思ってもみなかった。
「プラントの中にも工作員が入り込んでいる可能性がある以上、これは我慢してもらうことになる。ごめんね」
「兄さんのせいじゃないじゃない……」
申し訳なさそうに苦笑する兄にそう言っても、表情は変わらなかった。

飲み込んだ紅茶が胃に降りていく感覚がして、その後胃を重く感じる。 別邸には既に父と兄の護衛が滞在しているし、出入口にも警備員が立っている。 明日には母の護衛もくるし、その後に自分の護衛もくるらしい。 ここ二、三日は家の中でだけ過ごしているけれど、使用人でもない、何人か護衛の人がいると思うとどこか落ち着かないが、慣れなくてはいけない。

「ノウェンベルに戻る日はまだ未定?」
「うん……本邸の方の警備体制が整ってからだね」
「それなら、護衛の人が来たら一度買い物に出てもいい?」
「あー、そうだよね、準備なしにここで過ごしているから、足りないものもあるよね……僕の護衛と一緒に出かけてくる?」
「それじゃ兄さんが危ないじゃない」
「一緒に行くよ、僕も少し外の空気が吸いたいし」
二、三日後に出かけられればいいかなと思っていたが、とんとん拍子に話が進みこの後出かけられることになった。



***



街の雰囲気はいつもと同じだ。議員がテロで死んだといっても、市民にはあまり影響がないものだ。 ただ、兄と二人の護衛と歩くことを、だけが意識してしまっていた。 化粧品などの細々したものを買い、一番最後に本屋に寄る。レポートの資料になるような本があるかを見てみるためだった。
「父さんから電話だ」
はそう言って、の護衛一人と本屋に行っていいと手で合図してくれた。 は女性の護衛を伴って本屋に入る。

アプリリウスの本屋はやはりプラントの首都都市にあるだけあって、広く、本の品揃えがとても豊富だ。 レポートの資料と趣味の本を大量に抱えて、達成感に包まれているとふと護衛と買い物にきていたことを思い出した。 慌てて辺りを見回しても姿が見つからない。 どうやら夢中になり過ぎてはぐれてしまったようだ。 広い本屋の中を探すのは骨が折れるな、と思ったところで最近よく会う人──イザーク・ジュールが目の前に居た。

「……まさか一人で来たのか」
眉間に皺を寄せて低めの声で言われると反射的に身構えてしまう。
「兄の護衛と一緒だったんです。だけどはぐれてしまって」
イザークは一層眉間の皺を深くしたが、彼の護衛とともに、兄がいる本屋の入り口まで送ってくれた。


「あれ、イザーク? どうしたの?」
「兄さん、私途中ではぐれてしまって。イザークさんに送ってもらったの」
「それは……ありがとう、イザーク」
「早く妹専用の護衛をつけろ、あとお前は警戒心を持て。未遂とはいえ事が起こっているからな」
「未遂……?」
「……おい、まさかまだ話していないのか?」
「……何かあったんですか?」
「……に聞け。一人で出歩くな、邪魔だと思っても護衛と常に行動を共にしていろ」
イザークはそのまま彼の護衛と一緒に去っていった。
「本が買えたなら帰ろうか」
はいつも通りの笑顔を浮かべていたけれど、は先ほど聞いた不穏な言葉がずっと気にかかってしまった。



***



屋敷への帰宅後、がお茶を持って部屋にやってきた。何か雰囲気がいつもと違っている。
「兄さん、イザークさんが言っていたことなんだけど……何かあったの?」
「その話をしに来たんだ。公にはなってないけどね、先日、上院議員の娘さんが誘拐されかけたんだよ」
悪いニュースだろうとは思っていたが、想像以上のことだった。

「幸い、通行人の男性が助けたらしくて、未遂で終わってくれたんだけどね。 ……その男性が、犯人と取っ組み合いをしたんだけどね、相手はナチュラルだったと証言しているんだ」
あまりに驚いて、手にしていたティーカップを倒してしまった。白いテーブルクロスに紅茶が染みていく。

「ナチュラルの人が……そこまで……?」
「まだナチュラルだと決まった訳ではないけれどね。中立国を経由すれば入国出来てしまうし、テロがあって人も亡くなってしまった。 形振り構わない人はどんな行動に出るかわからない。 だから……、護衛をつけるんだ。の安全のために。 情勢が落ち着くまで……いや、今明確な期限は決められないけれど、外に出るときは本当に気をつけて欲しい」
「……うん……わかったわ……」
は見たことの無い兄の眼差しに気圧されたが、どうにか返事の二言を絞り出すことが出来た。



***



夜。
夕食も終わり、は仕事用の通信端末に手を伸ばす。 発信相手は、イザーク・ジュール。 ディスプレイの名前とナンバーを確認してボタンを押すと、短いコール音の後で不機嫌そうな声が聞こえた。
「なんの用だ」
「昼間に会った件でのお礼だよ、を送ってくれてありがとう。 イザークが何かあったと前振りしたから、家で護衛の話をしたとき凄くまじめに聞いてくれて助かったよ」
「未遂とはいえ事件があったことに変わりはないが、話すのが随分遅くないか?」
「なるべくなら平穏な学生生活を送って欲しいと思ってしまうんだよ……」
「何かあってからでは遅いだろう。誘拐が未遂だったとしても、テロで議員が死んだのは事実だ」
「……そこは僕の方の認識が甘かったかな……ありがとうイザーク、ハッキリ、バッサリと言ってくれて」
「目に入れても痛くないほど可愛がっているのなら万全な体制にしておけ。もう切るぞ」
「あぁ、ありがとう。リナのこと、僕がいないときは気にかけてやってね」

イザークとの通信を終えて、は改めて今の情勢を振り返る。 地球側との交渉は上手くいっているとは言い難い。プラント内部に工作員が入っているのもあるだろう。 これからはますます気を引き締めて日々を送らなければ。
自分の未来よりも、妹の未来がより良いものになるように──は部屋に飾ってある家族写真を眺めながら、 自分はこれからどう立ち回っていくかを改めて考えた。