翳りゆく日々 2

ニューイヤーを控えた十二月の終わり。街行く人達はどこか楽しそうで、空気が浮き足立っている気がする。 ニューイヤーズ・イヴには久しぶりに家族全員が集まり、最高評議会議員を中心として開催されるパーティに参加するのが恒例だった。 家族が揃うのは嬉しいし楽しみだけど、あまり親しくない人たちに笑顔で愛想よく接しなければいけないパーティには憂鬱になってしまう。 学校は休みに入ったが宿題のレポートはいくつもある。 レポートの案出しをしながらパーティに使う服や靴を確認していたら、部屋の扉がノックされてが入ってきた。

「ドレスの直し終わったって?」
「うん、靴と鞄はこれにするつもり」
ドレスを身体に当てながら、並べている靴と鞄を指すと、は一人でうんうんと満足そうに頷いた。 予定のコーディネイトはのお気に召したらしい。
「兄さんは議員服だから支度あんまりいらないよね、いいなぁ」
「議員服が正装だからね、靴磨いておくのと当日に髪をいじるくらいで終わり」
一通りの確認を終えて、服や靴をクローゼットにしまう。

「また婚約者はどうだって話されるんだろうなぁ」
は父に聞いてください、って言っておけばいいよ」
「そうだけどさぁ、紹介するよって言う話がね……そういう人ってしつこいし」
は婚約者欲しい?」
「私よりも兄さんが先でしょ」
「そういうのは気にしなくていいよ。、真剣に結婚したいという相手ができたら、話して欲しい」
軽口を叩きあっていたのに、は急に真剣な表情になったので、は少し驚いてしまった。
「そんな人いないよ。第一、適合率が低かったら結婚出来ないじゃない」
「適合率とかの話じゃなくてね、にそこまで大切な人が出来たなら教えて欲しいんだ。力になりたいしね」
「……分かった」
兄のあまりの剣幕に、はそう返事をするしか無かった。 その後、就寝の挨拶をしては自室に戻って行った。


婚約者が欲しいなんて思ったことも無い。 学校の友人には何人か婚約している人も居るし、働いている人と結婚している人も居る。 上手くいっている人もいれば上手くいっていない人もいるが、総じて上手くいっていないことの話を聞くことの方が多い。 遺伝子の相性が良いからといって人間の相性が良いという訳では無いので当たり前といえば当たり前だと言える。 それが自分のことだとしたら、と考えてみてもいまいちはっきりと想像ができない。 そもそも自分も周りと同じように婚姻統制で婚約者が決まり、親から話があるものと思っていたが、自分どころか歳の離れた兄であるにすら婚約の話は無い。 自分が知らないだけかもしれないが、表立って話題にならないということはほぼ無いということだろう。 それなのには真剣な表情で「結婚したい相手が出来たら話して欲しい」と言う……。 深く考え込むと頭がこんがらがってしまうし、何より答えは出ない。 聞いてもはぐらかされるだけだ。 小さくため息をついて、はこの後進めようとしていたレポートの作業を諦めた。

明日は母が帰宅して、夜にはパーティだ。 ニューイヤーズ・イヴのパーティは遅くまで行われるため、珍しく夜遅くまで外出が認められている。 普段は許されていない夜に家の外に居るというのはワクワクしてしまう。 結局、憂鬱な部分を差し引いてもパーティが楽しみなは、翌日の午前中にレポートを進めようと決意してベッドに入り目を閉じた。



***



翌日、予定通りにレポートの作業を進めて、久しぶりに帰宅した母と話しながら支度をし、達はニューイヤーズ・イヴのパーティへと出かけた。
アプリリウス市に向かうシャトルはニューイヤーを迎える人たちで賑わっている。
にエスコートを受けて会場に入ると少し遠くにニコルの姿が見えた。



***



さんは婚約者のお話とかは無いのですか?」
「そういう話は父が考えているので……」
愛想笑いを浮かべながら何度この返答をしたのだろうか。 私の婚約者について貴方に何の関係があるのですか、と聞きたくなるが口は出さない。 どうせ自分のところの誰それはどう、とか勧められるだけだ。少し時間が経ってあまり面白く無い世間話から逃げ出したは少し離れたテーブルにいたニコルを見つけ、そこへと足を進めた。

「ニコル」
、挨拶は終わったんですか?」
「私が挨拶する人は兄さんやニコルよりはずっと少ないもの」
さんと比べたら僕は少ない方ですよ。足、大丈夫ですか?」
「……ちょっと座ろうかな」
立食形式のパーティでは座るタイミングを失うことが多々ある。 普段あまり履かない高いヒールの靴を履いていることもあって足が中々に辛い。 ニコルの腕に掴まらせてもらいながら会場の端にある椅子に向かったところで、人とぶつかってしまった。

「あっ」
「わっ」

ぶつかった衝撃に反射的に声をあげたあと、更に何かが手に当たった。
「申し訳ありません!」
ぶつかった相手は確かどこかの市の若手の議員だった気がする。 彼が持っていた皿の料理がの手に当たって床に落ちてしまったようだ。 が思った以上に必死に謝り続けられてしまってこちらも申し訳なくなってしまう。

、大丈夫ですか? 服とか火傷とかは……」
ニコルの言葉を聞いて若手の議員の顔が更にこわばってしまった。 改めて確認してみても手が汚れた以外は特に何も問題は無い。
「大丈夫です。冷めていたのか熱くなかったですし、服も問題無いので」
安心して欲しいと優しい声音を意識して見たが、若手議員さんの表情は元には戻らない。
「本当にお気になさらないでくださいね」
笑顔で会釈すると、若手議員さんはあからさまに落ち込んだ様子で歩いて行った。 あまり引きずられるとこちらも気になってしまう。


「化粧室で手を洗ってくるね」
「一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫、本当に手が汚れただけだから」
汚れた手を庇いつつ、足早に会場を後にする。丁度いいので化粧室で少し休憩してしまおう。



化粧室で少し休憩して会場に戻ると、もニコルも会話の最中にいて話しかけられる雰囲気では無かった。 必要な挨拶はとっくに終えて居るし、また誰かに婚約者云々と話しかけられるのも少し嫌だ。 ふと右手に小さなバルコニーを見つけると、途端に外の空気が吸いたくなった。 水が入った小さなグラスを手に、はバルコニーに向かう。


人の居ない外の空気は少しひんやりと感じられたが、それが気持ち良い。 思わず大きく息を吸って、深呼吸してしまった。 手に持っているグラスに視線を落とす。 パーティは楽しいし料理も美味しいしデザートも楽しんだけれど、やはり気を張ってしまうため普段の生活とは異なる疲れ方をしてしまう。 両親も兄も、同じ歳のニコルも卒なくこなしているため、余計に自分が子どものような気になる。 こうして一人でバルコニーに来ている時点で駄目なのだ。化粧室でも休憩したばかりだと言うのに。


「失礼、気分が優れないのでしたら人を呼びましょうか?」
「えっ」

後ろから声をかけられて振り返ると、そこにはイザーク・ジュールが居た。 前に本を持たせてしまった時以来だ。

「……を呼んでくるか?」
「あ、いえ、大丈夫です。外の空気が吸いたくなっただけで、気分が悪いとかでは無いです」
予想だにしない人が現れて返事がしどろもどろになってしまう。 兄には仕事上の付き合いもあるだろうし、わざわざ呼ぶ必要は無い。
「そうか、ならいい」
そのまま会場に戻るかと思ったが、どうやらイザーク・ジュールはここに居るつもりらしい。

「あの、先日はありがとうございました。資料探しを手伝って頂いて。お陰で良いレポートが書けました」
資料室に着いたあと彼はあっという間に去ってしまったので、その時はお礼を言うことが出来なかった。 その後兄を通して伝えてもらってはいたが、やはり直接言えていないことが気がかりだった。
「あぁ……。赤道連合の旧タイ王国だったか。随分と珍しいところを調べていたな」
まさかそこまで覚えていたとは。は驚いた。
「先生にも珍しいと言われました」
少し苦笑いしてしまう。
「以前遺跡の写真を見て一目で好きになってしまって。そこから色々と調べていたのでレポートの題材にしたんです」

この話題が思った以上に当たりだったようで、イザーク・ジュールは急に饒舌になった。 研究会の部屋に居たということは興味があるかもくらいに思っていたが、思っていた以上に会話が弾む。 そもそも地球史を専攻している人があまり多くない。 大半の人は目先の問題を解決するために環境やロボットの開発に進むし、一般常識以上に地球について学ぼうとすることは趣味以外の何物でも無かった。


「イザーク、ここに居たのか。あれ、君は……」
またバルコニーに人が現れる。こちらも先日資料探しを手伝ってもらった青年だった。 確かイアンと呼ばれていたような……。そう思い返せば自分も名乗っていない。は佇まいを直し、イアンへと視線を向けた。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません、と申します。先日はありがとうございました」

「いや、あれはこちらの不手際だからお気になさらずに。イアン・シュナイダーです。こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ありません」
イアンは柔らかな微笑みを浮かべながら丁寧に頭を下げた。 話しやすそうな雰囲気の人だ。自然と緊張感が消えていく。

「そろそろカウントダウンの時間ですよ、中に戻られた方がいいと思います」
「もうそんな時間ですか?」
そんなに時間が経っていたとは思っていなかったので、は驚いて少し大きな声を出してしまった。 イアンに手を引かれながらバルコニーから室内に戻ると、視界の端にとニコルが話しているのが見える。 会場の時計を確認すると時刻は十一時五十分を指していて、はバルコニーに出た時間を必死に思い出そうとするがさっぱり思い出せなかった。 その時、の肩に何かが触れ、後ろを振り返るとイアンが笑顔で自分の上着をかけてくれていた。
「少し手が冷えているようだったので」
あまりにもスムーズな言動に、はお礼を言うことしか出来なかった。 正直、寒さは感じていなかったが上着をかけられて肩や腕が暖かさにほっとしていて、少し体が冷えていたことに気づかされる。 今はイアンの優しさに甘えさせてもらおう。

「イザーク様、あの、長い時間お付き合いさせてしまって申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ」
イザークの返答はイアンのものと比べると随分と素っ気なく、またあまりにも短い。 先ほどまで弾んだ会話をしていたはずだが、実は自分の記憶違いだったのかと一瞬思ってしまうくらいだ。 普段はやニコルといった物腰の柔らかい人と接することが多く、こういう場ではほとんどの人が愛想良く振る舞う中で、イザークの素っ気なさ、よく言えば飾らない言動というものに、もしかして怒らせてしまったのかとは少し不安になった。


「随分長く話していたみたいですね。何を話しておられたんですか?」
「赤道連合旧諸国のニューイヤー特有の行事について」
「それ次に書く論文のテーマ?」
イザークとイアンのテンポの良い会話に思わず笑ってしまう。 確かに雑談の話題としてはおかしいかもしれないが、他に話題に出来るものが無かったとも言える。

「そもそも何でお前が来ているんだ?」
「酷い言い方だな。父が開発したものが評価されてお招きを頂いてね。将来のことを考えて連れてきてもらったんだよ」
議員でシュナイダーという姓を聞いたことが無かったためイアンの出席について少し疑問に思っていたが、理由が分かってスッキリした。
イザークとは恐る恐る会話をしていたが、イアンが居るおかげで随分とスムーズに話が出来ていると思う。
そうこうしている間に、どこからかカウントダウンの声が聞こえてきた。

「五、四、三、二、一……」
「ハッピーニューイヤー!」

少し離れたところでクラッカーが鳴り、会場は一気に賑やかになる。 いつもはやニコルと真っ先に挨拶を交わすが、今回はイザークとイアンの三人で一番始めに新年の挨拶を交わした。

そうして、彼らは新しい年、C.E.70を迎えた。



年明けの挨拶がある程度終わったところで、パーティは一先ず終了となり、やニコルなど学生の年少者はここで帰宅する。 仲の良い人は個別で二次会に行くことが多く、も両親も帰宅は遅い。
イアンはから上着を受け取って、父親の元へと戻って行った。 これから父親の仕事の関係者と二次会があるらしい。 イザークもこれから若手議員との二次会があるらしく、とりあえず会場内のの居る場所まで付き添ってくれた。


「イザーク、あぁ、を連れてきてくれたのか、ありがとう」
「いや」
聞けばはイザークと同じ二次会に行くらしい。
「ニコルはユーリ様と一緒に行くところがあるって。一人だから気をつけてね。もうエレカが来るよ、連絡があったから」
「大丈夫だよ、エレカだから」
「用心するにこしたことは無いよ、少し父さんのところに行ってくるから、イザーク、と一緒に居てもらってもいい?」
「あぁ」
ここにいてね、と言っては人混みの中に入っていった。

「あの、色々とお世話になってしまって。申し訳無いです」
「そんなに大したことじゃない」
イザークの短くキッパリとした話し方にも少し慣れてきた。 愛想が無いともいえるが、飾ることがない人なのだろう、言葉にも態度にも裏表が無い。 との会話を聞いていても同じ様子だったため、普段からこうだということがわかった。 相手が気にしていないと分かればこちらも気が楽になる。 しつこくならないように気をつけながらも少しずつスムーズに話せるようになった。


「あら、イザーク。ここに居たのね」
「母上!」
後ろから声をかけられて驚き振り向いてみれば、エザリア・ジュール議員が居た。なんだかとても笑顔で機嫌がいいようだ。
「そちらはテオ・のお嬢さんね。確かさん? と言ったかしら?」
「はい」
「あなた達が親しかったとは知らなかったわ。もうお帰りになるの?」
「はい、今エレカを待っているところで」
にこやかに話していたが、急にエザリアの表情が変わった。

「エレカは無人のものでしょう?イザーク、送って差し上げたら?」
「えっ」
声が出た直後に気がついた。あまりにも驚いて素の反応をしてしまった。 送迎用に使うエレカは大体が無人で自動運転だ。普段は出歩かない深夜の移動で、いつもならニコルと二人で帰るが今回は一人だし、誰か居てくれれば確かに安心する。 しかしそれをイザークに頼むほどに親しい訳では無いし、どうしても付き添いが必要であれば兄に頼めばいい話だ。

「そんな、この後のご予定もあると伺っていますし、申し訳無いです」
「あら、イザーク、そうなの?」
「若手の集まりには行きますが、お送り出来ないほど急ぐものではありません」
「なら良いわ、ね?」
イザークは「兄が付き添うでしょう」と続けようとしたが、その前にエザリアに言葉を遮られてしまったことをは知らない。 静かに逃げ場を失った気持ちになった。
もイザークも二次会に行くのも仕事のうちだと思うが、に付き添ってもらうよりはイザークに付き添ってもらった方が体裁は良いのかもしれない。の心配性はを知る人のほとんどが知る程で、一部の人に成人している兄妹なのだから、妹離れや兄離れした方がいいと言われていることも知っている。そんなことも頭を過るが、あまり頑なに拒否することも失礼になってしまう。

「では、お願いしてもいいでしょうか……?」
「それがいいわ」
そうしてエザリアはご機嫌のまま去っていった。 彼女に少し冷たい印象を持っていたが、実際に話してみるとそんなことは無く優しい方だった。 エザリアと入れ替えに、が父との会話を終えて戻ってきた。
「エレカ着いたって。やっぱり僕も一緒に行こうか?」
「大丈夫、今エザリア様とお話ししてね、イザーク様に送って頂くことになったの」
「イザークが?」
「……あぁ」
も話の流れに驚いたようだが、一呼吸おいてすぐにいつも通りの表情に戻り、三人はエレカの前まで移動した。

「ノウェンベルまで戻るのか?」
「いや、住宅区にある別邸に。アドレスは……」
先にエレカに乗るように促され、後部座席に入り窓を開ける。 と話し終わったイザークが運転席に乗り込んだ。 別宅のアドレスを行き先に設定して、が確認したところでようやく出発となった。
、着いたらメールしてね」
「うん、わかった。兄さんも気をつけてね」
窓を閉めてに手を振り、エレカはゆっくりと動き出した。


自動運転にしているため、運転席に乗っているイザークも後部座席にいるもお互い手持ち無沙汰だ。 ニューイヤーのお祝いで深夜とはいえ賑やかな街中をエレカはスルスルと進んでいく。
「あの、ありがとうございます。付き添って頂いて。深夜の移動はあまり慣れていないので、やはり安心します」
「こちらから言い出したことだ。しかしは心配性だな」
「あの……やはり話題になりますか? 兄の……」
「偶になるな。そもそもと親しくなると妹の話が多くなる」
「そうなんですね……あの、イザーク様」
「〝様〟はつけなくていい、そこまでかしこまった言葉遣いもいらん」
「……わかりました」

それきり会話は途切れ、エレカが家の別邸に着くまで二人とも口を開かなかった。

「あ、ここです」
目的地に到着しエレカを降り、お礼を伝えようと振り返るとなんとイザークもエレカを降りていた。
「人は居るのか?」
「は、はい」
「そうか」
どうやら玄関まで送るまででは無く、家人に引き渡すまで付き添うつもりらしい。 驚くくらいに律儀な人だ。なんだか申し訳なくなってしまう。 イザークがベルを鳴らすと屋敷の扉はすぐに開き、見慣れた顔の使用人が顔を出した。
「あの、ありがとうございました」
「ああ」
「エザリア様にもお礼を」
「伝えよう」
「イザークさんもお気をつけて」
「ああ」

イザークがエレカに乗り込み出発するまで、はその場で見送った。 テールランプの灯りも見えなくなったところで屋敷に入る。 思いもつかない出来事が立て続けに起きて、色んな疲れが一気に体を襲う。 入浴がすんだら直ぐに寝てしまおうと、は重い足を動かした。