彷徨う心 1
頭も体もうまく動かせないまま、時間が過ぎていく。
エドガーから通信で聞いてから三時間が経過して、ようやく、ユニウス・セブンが核攻撃を受けたことが報道されている。
あまりにも長い三時間だった。
その時、来客を告げるチャイムが響く。
その音を聞いて、は魚のように飛び跳ねて立ち上がる。
きっとが、母が帰ってきたのだ。そうだ、そうに決まっている。
部屋を飛び出して玄関ホールへと向かう。しかし、ホールにいたのはでも母でもなかった。
「!!」
「あ……」
喉がかすれてうまく声が出せない。そこに居たのはニコルだった。
「ニュースを聞いて……」
あからさまに肩を落として座り込んでしまったのもとにニコルが屈みこむ。
「……」
「……ごめん、なさい……兄さんか母さんが帰ってきたのかと、思って……」
ニコルの手を借りて立ち上がる。そのままニコルに支えられて、二人はダイニングに戻った。
「父さんから聞きました。おばさんのことと、さんもユニウス・セブンに居たって……」
二人は向き合って無言のまま、手を取り合ってソファに座る。
そうしていくらかの時間が過ぎてから、の通信機が鳴った。
期待を込めて画面を見るが、相手は期待する人物ではなく、エドガーだった。
落ち着いた声で、兄のユニウス・セブンへの入場記録があり退場記録がないこと。
それと母のユニウス・セブンへの研究所の出勤記録があり退勤記録がないことを告げた。
農業プラントのセキュリティは人一倍厳しくなっている。
プラントの食料自給率の向上は文字通り生命線に関わるものだ。
地球では作物の病気なんて沢山存在しているし、悪意のある者が手を加えれば今までの努力や研究の成果を省みることもなくあっという間に全滅してしまうからだ。
兄と母のIDでの入場記録があり、退場の記録は無い。
兄との通信越しに聞こえた大きな音。
ユニウス・セブン以外のコロニーとは無事につながった通信。
そして未だに二人から無事の連絡はなく、繋がらない通信──。
──導かれる結論は、母と兄の死だった。
通信の内容をぽつりぽつりと零す。ニコルは手を強く握りしめて聞いていてくれた。
話し終えた後、静かに涙を零し始めたをそっと抱きしめた。
ニコルの温かさで、余計に涙が溢れてくる。朝話したの声を頭の中で繰り返し繰り返し反芻する。
最後に母と話したことはなんだっただろうか。こんな、こんなことになるなんて。どうして──。
その問いに答えてくれる人はいなかった。ニコルは、が泣きつかれて意識を失うまで、優しく背中を叩いてくれていた。
***
翌日、目が覚めたはニコルと手を繋いだまま眠っていたことに苦笑した。
「………………」
子供の頃には何度もこういうことがあった。
二人はよすぎると言われるくらいに仲がよくて、ニコルの父、ユーリ・アマルフィが遺伝子の相性を確認したことがあったと聞いたくらいだ。
残念ながら相性はよくなくてユーリは落胆したらしい。
テレビの消えたリビングは時が止まったように静かで、涙が張り付いてパリパリとする頬を擦り、は眠っているニコルをずっと見ていた。
心配してきてくれたことが嬉しかったし、その優しさがニコルだなぁと感慨深くなる。
そっとテーブルの上に投げ出されていた通信機を確認するが、やはり母からも兄からも連絡はなかった。
父は意識不明の重体で入院中。そして母も兄も遠くへと行ってしまった。
自分は、これからどうしようか。あまりの事態に現実味を持てないまま目の前の事実を受け入れている不思議な感覚がする。
自分の望みとは逆の方向に向かうとしても、自分のこれからの行動はたった一つしかないような気がした。
***
二月十八日。
その日、ユニウス・セブンへの核攻撃──血のバレンタインと呼ばれる事件の犠牲者の国葬が行われた。
地球軍はユニウス・セブンへの核攻撃をプラントの自爆攻撃だと言っているらしい。
以前なら強い怒りを感じていたかもしれないが、今はそんな風に言っているのかと冷静でいられる。
自分がすっかり変わってしまったことに自分でも驚いてしまう。
周りからすすり泣いている声が聞こえるが、は涙を流せなかった。
家族の死を受け入れられたとは到底思わないが、恐らくもう涙を流すことはないのだろうと漠然と思った。
***
国葬が終わった後、アマルフィの家でしばらく過ごさないかというニコルやロミナの誘いに、はきっぱりと首を横に振った。
心配してくれていることはとてもありがたいが、アマルフィ邸で家族の温かさを感じることは自分の悲しみをより深めるだけだと思った。
そして、は父が入院している病院へと一人で向かう。
父が眠っている病室は機械の音が響くだけ。は父の口元にそっと手をかざして、思わず呼吸の有無を確かめてしまう。
父の息が手にかかる。父は生きている。その事実にほっとする。
父の手を握ると、少し冷えている感じがしたが、温かく、柔らかかった。
枕元に家族で写した写真をそっと置く。が成人してからは家族写真の撮影から遠ざかっていて、一番新しい家族写真でもだいぶ前に撮影したものだ。
写真のもも少し幼く感じる。握り返されることの無い手を強く握りながら、は父にそっと語り掛けた。
「お父様……ごめんなさい」
はザフトに志願することを決めていた。
父には今日、報告に来たのだ。
物心ついたころから今まで、いや、きっと、生まれてから今まで、家族にはとても大切に育てられた。
父も母も、もちろん兄も、みんながザフトに入るなんて反対するだろう。
それでもは志願することを決めた。
地球軍に復讐をなんて考えてはいない。
ただ、戦わなければ、大切なものは守れないのだ。
血のバレンタインで、そのことはとてもの身に沁みた。
***
同じくザフトに志願していたニコルと会ったのは、アカデミーの入学式でのこと。
お互いがお互いに「どうして」と同時に話し、しばし無言の時間が過ぎる。
そのあとはお互い手続きや入寮の支度に忙しくなり、ゆっくりと話す時間は当分取れそうになかった。
***
アカデミーでの最初の授業は、予想だにしない内容だった。
「一番大切なことだ。〝敬礼〟を教える」
始めはどんな授業なのかと身構えていたので、少し拍子抜けした。しかし、指導を受けていると自分の認識が甘かったことを痛感する。
「足の角度が違う!」
「脇はもっと締めろ!」
「手は眉だって言ってるだろ!」
「隊長相手にそんな情けない敬礼する気か!」
気を付けていればどうにか格好がつくようになったが、素早く行う時は足の角度がずれてしまったりする。
クラス全員が出来るようになるまでには授業いっぱいの時間がかかり、授業が終わるころには生徒はみんなヘロヘロになっていた。
夜。ラウンジの一角で、とニコルは向き合って敬礼の練習をしていた。
「もう少し、脇を閉めたほうがいいんじゃないですか?」
「そう? 足の角度は大丈夫?」
「大丈夫だと思いますよ」
「本当? 私教官に何度も足の角度を注意されたよ……」
「僕の方はどうですか?」
そう言って、ニコルはピシッと敬礼した。
手の位置、肘、脇の締め方、足の角度。念のためにニコルの周りを一周まわって確認するが、特に注意すべきポイントは無かった。
練習を終え、お茶を飲んで二人は別れた。
アカデミーでは寮に入ることになり、二人部屋があてがわれた。
その日初めて会う人と部屋を共同で使うなんて想像もつかなかったが、始まってみると今のにはとてもありがたい生活だった。
血のバレンタイン以後、部屋で一人で眠るのが怖くなっていたため、誰かの気配を感じながら生活できること、自分以外の人間が同じ空間に存在しているというのは安心できる。
近頃あまり眠れなかったり、眠れても短時間で目が覚めてしまったりするようになってしまっていたが、アカデミーでの生活に慣れるうちに以前のように熟睡できるようになった。
それに伴い、酷かった頭痛が治まって行き、朝食時に「顔色が悪いですね」とニコルに言われることもほぼなくなった。
アカデミーの同期には最高評議会議員の令息が多く、アスラン・ザラ、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマンとニコル、合わせて四人もいたことには流石に驚いた。
アスラン・ザラの母、レノア・ザラも血のバレンタインでの犠牲者の一人だということは、噂で聞いた。
アカデミーでは想像以上に沢山学ぶことがあり、毎日時間が足りない。
モビルスーツのパイロットを志望したため、モビルスーツの動かし方だけ知っていればよいものかと思っていたが、
戦艦のブリッジでの機器の操作や応急手当の仕方から人体の構造、
生身での戦闘能力の向上、爆発物の処理の仕方、銃器の使い方から分解、
メンテナンスの仕方、敵を追い詰めるための戦術の勉強、果てはモビルスーツの整備まで。
そして戦時における国際法を頭に叩き込み、地球の無人島に一人で逃げ込んだことを想定してキャンプ演習なんてものもあった。
毎日毎日、頭と体がパンクするまで知識や技術を叩き込む。アカデミーでの生活に体が慣れるまで、休みの日に寝込むことも多かった。
「アスラン!」
聞きなれた声が教室に響く。
名前を呼ぶというよりは叫ぶといった方が正しいくらいの大声。イザークの声だ。
彼はことあるごとにアスラン・ザラに勝負を挑んでは負けていた。
授業での出来やテストの点数、休憩時間ではいつの間にかチェスで対戦しているところをよく見かける。
以前学校の離れ校舎で話した時も、パーティで話した時も落ち着いている印象を受けたので初めて見たときは目を疑ったものだ。
グループで一緒になったときにアスランにも聞いてみたが、昔は普通に話していたらしい。
アカデミーに入ってから異様に絡まれるようになったようだ。
「正直、たまに困る」と言っていたアスランになんて言葉をかければいいのか、にはわからなかった。