取り戻せないもの 1
時が経つのは早いもので、あっという間に九月。たちはアカデミーの卒業の季節を迎えていた。今日は卒業試験の結果発表だ。
「アスラン、ほとんど一位ですね」
「そしてイザークがほとんど二位」
「ニコル、爆薬処理一位じゃない。おめでとう」
「ありがとうございます。も医療技術一位おめでとうございます」
ニコルとラスティと話しながら結果を眺める。ニコルとラスティはどの科目でも必ず十位以内には入っていて、はトップテンには入らないが上位と言える結果を出していた。
「ニコルもラスティも、〝赤〟になるね。おめでとう」
アカデミー卒業試験の結果で、隊員は二種類に分けられる。総合成績トップテン以内に入れれば、支給される軍服はエリートの証の〝赤〟。そしてそれ以外の〝緑〟。〝赤〟はやはり、憧れの眼差しで見られる。
「しかし射撃と、爆薬処理と、医療技術以外全部一位なんて、やっぱりアスラン凄いな」
「射撃は……イザークが一位なんですね、でも僅差ですよ」
「フレッド教官とアスランの対戦が楽しみだな」
ラスティは頭の後ろに手を組みながら、どこか楽しそうに言った。
***
卒業試験の結果発表の翌日。いよいよ配属先の隊が発表される。全員に配属先が記入された紙が入っている封筒が配布され、一斉に開く。教室は一瞬で賑やかになった。
「はどこでした?」
「国境警備だって。ニコルとラスティは?」
「クルーゼ隊でした」
「俺はクルーゼ隊」
「「「えっ?」」」
思わず三人の声が重なる。ニコルとラスティはお互いの紙を見せ合って確認したが、やはりそこには〝クルーゼ隊〟と書かれていた。
「配属先が同じことってあるんですね、てっきりバラバラになるかと思ってました」
「本当にな」
「クルーゼ隊ってエリート部隊でしょ? 〝赤〟ならではって感じ」
「まだ実感あんまり湧かないけどなぁ」
「アスラン! アスランは配属先どこでした?」
近くでぽつんと立っていたアスランにニコルが話しかける。アスランはいつも大体一人でいることが多かった。
「クルーゼ隊、だったよ」
「「「えっ?」」」
またもや三人の声が重なる。
「え?」
三人の反応にアスランも頭に疑問符を浮かべた。
「俺とニコルもクルーゼ隊」
「そうだったのか……これからもよろしくな」
「三人も被ることあるか? 俺、アスランは地球の最前線に配属になるかと思ってた」
「あ、イザーク! ディアッカ!」
ニコルはこちらに向かってくるイザークとディアッカを見つけ、声をかける。
「二人は配属先どこでした?」
「俺もイザークもクルーゼ隊だよ。お前らは?」
「「「え」」」
「………………」
やはり声の重なるとニコルとラスティに対し、アスランは無言だった。
「クルーゼ隊って、エリート部隊だって聞いていたけど、人手不足なの?」
まさか、〝赤〟五人の配属先が被るとは。
「これからもよろしくお願いしますね」
騒めいた教室の中、ニコルの声が朗らかに響いた。
***
「みんなで写真、撮りませんか? 記念に」
ニコルが声をかけてアスラン、イザーク、ディアッカ、ラスティ、そしてを集めてみんなで写真を撮った。
もしかしたら、こうしてみんなが集まるのは最後になるかもしれない。これから行くのは明日をも知れぬ戦場だ。誰が死ぬか、自分が死ぬか。はそっと目を閉じて、今この瞬間を噛みしめた。
そうして、たちはアカデミーを卒業した。
***
アカデミー卒業の翌日から、配属先に入隊するまでの間、少しだけ休暇が与えられる。それは、家族、友人、そして日常生活との別れの時間である。
その日、は久しぶりにアマルフィ邸を訪れた。ニコルの父、ユーリとニコルの母、ロミナに挨拶をするために。
「いよいよなのね………」
大きな瞳に薄っすらと涙を浮かべたロミナの肩をユーリが抱く。
今のにとって二人は親代わりで、アカデミーに黙って入学した際には親のように怒り、親のように泣いてくれた二人だった。
二人と順に挨拶を交わす。ロミナはそっとを抱きしめた。
本当の娘のように可愛がってくれたロミナと話すとき、は少しザフトに入ったことを申し訳なく思う。
しかし、何度考えても後悔の念は湧いてはこなかった。
夕食までの自由な時間を、とニコルはピアノがある部屋に籠もり、二人で過ごす。
ピアノの少し後ろに椅子を持ってきて座り込み、ニコルがピアノを弾く指先をずっと見ていた。
いくつか曲をリクエストして弾いてもらい、は気ままに歌ったり手拍子を入れたりして楽しむ。
アカデミーでの生活と比べると随分贅沢な時間の使い方をしているな、と思う。まるで戦争の悲しみのないような時間だ。
「こんな形になるとは思ってなかったよね」
「何がですか?」
「ニコルと離れるの。ずーっと学校を卒業するときだと思ってた」
「確かに………そうですね」
ニコルはピアノの鍵盤をただ叩いている。こうしてゆっくり話せる時間も今だけだ。
「まだ想像出来ないなー。明後日にはもう隣に居ないなんて」
「僕もですよ」
どうでもいいような話をして、本当に話したいことから逃げている。今日ここで、きちんとニコルと別れの言葉を交わさなければいけない。
けれど、なんて言い出せばいいのか、なんて言葉を告げればいいのかわからない。
「…………………」
「…………………」
一度話が止まってしまうと、もう逃げ場所がないように感じられる。お互い、相手が何か話を振ってくれるのを待っていた。
「寂しいですけど、仕方ありませんよね」
「……ニコル」
「、絶対に死なないでくださいね。テオおじさんが目を覚ますまで、生きていないと」
「ニコルこそ、ロミナおば様とユーリおじ様が悲しむようなこと、しちゃだめだよ」
「えぇ、わかっています」
は椅子から立ち上がって、ピアノの前に座るニコルに後ろから抱き着いた。
「寂しいなぁ………」
「本当に」
抱きしめたの腕に、ニコルがそっと手を添える。ニコルの纏う柔らかくて暖かい雰囲気が、はとても好きだった。
幼いころから本当の家族のように一緒にいた。どこに行くにも一緒だった。二人でを追いかけて遊んだし、一緒に出掛けた巨大な迷路で二人で迷って泣いたこともある。
かけがえのない家族。お互いがそう思っている。
「時間ができたらメール出しますね」
「うん。でも、ロミナおば様の次でいいよ」
「わかりました。もメールくださいね」
「…………うん」
涙が滲んで声が掠れてしまったことに、ニコルは気づいただろうか。はニコルの肩に突っ伏して少しだけ、ほんの少しだけ泣いた。
「ねぇ、ピアノ弾いて。ニコルが作った曲」
「………わかりました」
ニコルの性質を表すように優しいピアノの音が響く。
二人はそれ以上言葉を交わさず、四人で夕食をとったのち、はアマルフィ邸を後にした。